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No.003

公的年金と取り崩しの順番|繰下げの84%と、待つあいだの生活費

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年金との組み合わせ公開日 書き手 篤

畳の部屋の低いテーブルに置かれた急須と受け皿

実家の茶の間で、父が封筒を開けたまま10分ほど黙っていたことがあります。65歳から受け取るか、待つか。待てば増えるとは聞いていて、いくら増えるのかを知らない、という状態でした。

取り崩しの計画を立てるとき、資産側だけを見ていると必ずここで止まります。公的年金がいつからいくら入るのかが決まらないと、口座から抜く金額も決まらないからです。

1か月待つごとに0.7%、最大84%

日本年金機構は、老齢基礎年金と老齢厚生年金について、65歳で受け取らずに66歳以後75歳までの間で繰り下げて増額した年金を受け取れると案内しています。増額率の式はこうです。

増額率(最大84%)= 0.7% × 65歳に達した月から繰下げ申出月の前月までの月数

そして増額率は一生変わりません。老齢基礎年金と老齢厚生年金は別々に繰り下げることもできます。早見表は次のとおりです。

請求時の年齢増額率年120万円の年金なら
66歳8.4%130万800円
68歳25.2%150万2,400円
70歳42.0%170万4,000円
72歳58.8%190万5,600円
75歳84.0%220万8,000円

右端の金額は、年120万円を基準に増額率を掛けた計算例です。出典は日本年金機構「年金の繰下げ受給」。なお、昭和27年4月1日以前に生まれた方は繰下げの上限が70歳までで、増額率は最大42%までとなります。

待っている10年、生活費はどこから出るのか

75歳まで繰り下げれば84%増える。この数字だけを見ると待つ一手に見えます。問題は、65歳から75歳までの10年分の生活費を、年金以外から出さなければならないことです。

月20万円で暮らすなら10年で2,400万円。ここを資産の取り崩しで埋める設計になります。つまり繰下げは「年金を増やす選択」であると同時に、「取り崩し額を10年間だけ最大化する選択」でもあります。

私が父と一緒に紙に書いたのは、増額後の金額ではなく、待っている間に資産がいくら減るかのほうでした。70歳まで5年待つ案で、年180万円ずつ引き出して900万円。75歳まで待つ案で1,800万円。そのうえで、増えた年金が900万円ぶんを取り返すまでに何年かかるかを数えました。

受け取り始めた年金にも税金がかかる

増額率だけで比べると、もう一段の見落としが出ます。公的年金は雑所得として課税されるからです。

国税庁は、公的年金等について、年金の収入金額から公的年金等控除額を差し引いて所得金額を計算すると説明しています。支払を受けるときは、原則として収入金額から一定の控除額を差し引いた額に5.105パーセントを乗じた金額が源泉徴収されます(国税庁 No.1600 公的年金等の課税関係)。

同じページには申告不要の基準も載っています。その年中の公的年金等の収入金額が400万円以下であり、かつ公的年金等に係る雑所得以外の所得金額が20万円以下である場合には、確定申告の必要はありません。ただし、この場合でも住民税の申告が必要な場合があると注記されています。

繰り下げて年金額が増えるということは、この400万円のラインや、所得に応じて決まる社会保険料の区分に近づくということでもあります。増額分がそのまま手取りの増加になるとは限りません。

繰下げで増えないもの

日本年金機構は注意点として、加給年金額や振替加算額は増額の対象にならないこと、繰下げ待機期間中は加給年金額や振替加算を受け取れないことを挙げています。配偶者が年下で加給年金の対象になる家庭では、待っている間に受け取れない金額が別に発生します。

また、65歳以後に厚生年金保険に加入していた期間がある場合や、70歳以後に適用事業所に勤務していた期間がある場合、在職老齢年金制度によって支給停止される額は増額の対象になりません。働きながら待つ人ほど、想定と実額がずれます。

順番を決めるために並べた3つ

父の件で最後に並べたのは、次の3つでした。1つ目は、繰下げで増える年額。2つ目は、待つ期間に資産から抜く総額。3つ目は、待たずに受け取った場合に手をつけずに済む資産額です。

最後は70歳まで待つ案に決めました。決め手は増額率42%ではなく、5年なら900万円の取り崩しで足り、残りの資産で75歳以降の医療費に対応できる、という当たり前の引き算のほうです。3つの数字を紙に書くまで、この判断はできませんでした。

増えた分で取り戻すまでに何年かかるか

繰下げの判断を数字にすると、単純な引き算になります。年120万円の年金を70歳まで5年待つと、受け取らなかった額は600万円。増額率42%で年金は年170万4,000円になり、増える額は年50万4,000円です。600万円を50万4,000円で割ると、およそ11.9年。70歳から数えて81.9歳あたりで、待たなかった場合の累計に追いつく計算になります。

75歳まで待つ案なら、受け取らなかった額は1,200万円、増える額は年100万8,000円で、およそ11.9年。開始が75歳なので、追いつくのは86.9歳あたりです。税と社会保険料を考えるとこの年齢はもう少し後ろへずれます。

ここで比べているのは損得ではなく、何歳まで生きる前提で設計するかという話です。長生きしたときに家計が破綻しない形を選ぶなら、追いつく年齢が多少遅くても繰下げ側に寄せる理屈が立ちます。

基礎年金と厚生年金を、別々に繰り下げる

日本年金機構は、老齢基礎年金と老齢厚生年金をそれぞれ繰り下げでき、どちらか一方のみ繰り下げることも可能だと案内しています。増額はそれぞれの年金について計算され、生涯続きます。

この分離が効くのは、加給年金額が絡む場合です。加給年金額は老齢厚生年金に付くので、厚生年金だけ65歳から受け取り、基礎年金を70歳まで繰り下げる、という組み方があります。家庭の事情で答えが変わるため、年金事務所で自分の見込み額を出してもらってから決めるのが確実です。

待っている間に働くなら、もう1つ確認がいる

繰下げ待機中に厚生年金の適用事業所で働く人は、在職老齢年金制度による支給停止額が増額の対象にならない点を確認しておきます。65歳以後も厚生年金に加入していた期間がある場合や、70歳以後に適用事業所に勤務していた期間がある場合が該当します。

もう1つ、66歳になるまでの間に障害給付や遺族給付を受け取る権利があるときは、繰下げ受給の申出ができません。他の公的年金の受給権を得た場合は、その時点で増額率が固定され、手続きを遅らせても増額率は増えなくなります。

請求しないまま時間が過ぎた場合

65歳で請求せずに放置していた人にも、まだ道は残っている。日本年金機構は、繰下げを希望して65歳時点で請求を行わなかった場合でも、実際の請求時に繰下げ申出をせず、65歳到達時点の本来の年金をさかのぼって請求できると案内しています。

さらに、70歳に到達した日後に65歳からの本来の年金をさかのぼって受け取ることを選んだ場合は、請求の5年前の日時点で繰下げ受給の申出があったものとみなして増額された年金を一括で受け取る扱いになります。特例的な繰下げみなし増額制度と呼ばれるもので、昭和27年4月2日以後に生まれた方、または平成29年4月1日以後に受給権が発生した方が対象です。80歳以後に請求する場合などには適用されません。

ただし過去分をまとめて受け取ると、その年の収入が跳ね上がります。日本年金機構も、過去分の年金を一括して受給することにより、過去にさかのぼって医療保険・介護保険の自己負担や保険料、税金等に影響する場合があると注記しています。取り崩しの計画を立てる側から見ると、一括で入る年の課税所得をどう受け止めるかを先に考えておく話になります。

遺族に残るもの、残らないもの

繰下げの判断で見落としやすいのが、本人が亡くなったあとの扱いです。日本年金機構は、繰下げ請求による増額分(繰下げ加算額)は遺族厚生年金に反映されないと明記しています。繰下げ請求を遺族が代わって行うこともできません。

繰下げ待機中に亡くなった場合、遺族からの未支給年金の請求が可能なときは、65歳時点の年金額で決定したうえで過去分が一括して未支給年金として支払われます。この場合も、請求した時点から5年以上前の年金は時効により受け取れなくなります。

配偶者の生活費を年金で支える設計にしているなら、増額分が遺族厚生年金に乗らないという一点は、増額率84%より重い材料になることがあります。

免責事項

本記事の年金制度に関する記述は、2026年9月時点で日本年金機構および国税庁の公表内容を確認して書いています。増額率の計算例は年金額を仮定した目安で、実際の受給額は加入期間・報酬・加算の有無によって変わります。ご自身の見込み額は、ねんきんネットまたは年金事務所でご確認ください。本記事は特定の金融商品の購入を勧誘するものではありません。

書き手

篤

会社員をしながら、親の年金の手続きと自分の口座の整理を並行してやっています。制度の数字は公的機関の資料で確認し、計算は自分の家計に当てて確かめてから書いています。詳しくは運営者情報をご覧ください。